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他九柱 |
気吹戸主神は罪・
神道では、清浄であることを非常に重要視しており、「祓」とは穢れ、災いを祓い去ることです。神事の前の「
気吹戸主神は延喜式祝詞・
また、伊邪那岐命・伊邪那美命をあわせてお祀りしており、縁結び・夫婦円満などのご信仰もあつく、羽津の氏神様として古くより崇敬されています。
当社はおよそ垂仁天皇の御代の鎮座とされ、古くは高野御前と称されていました。倭姫命が天照大神を奉斎して神宮御鎮座の地を求めて巡幸されました。その際、桑名野代の宮から鈴鹿忍山宮への途次に当たっているため、皇大神宮の御鎮座である垂仁26年より前とみられています。
天武天皇が皇子の時、壬申の乱を避けて吉野から鈴鹿を経て桑名の頓宮への途次、迹太川のほとりで伊勢の皇大神宮を遥拝されました。その際「シデ」(御幣)を垂らして禊祓いをされたことにより、この地に「志氐」の名が起こり社名となました。皇子がお祓いをされた岡が御祓岡(岡山)、天照大神を望拝された山が額摘山(糠塚山)であり、望拝の時に献じる米を迹太川で洗ったので以後これを米洗川と称するとされています。
当社は延長5年(927年)にまとめられた、延喜式神名帳に記載される延喜式内社にあげらます。明治維新までは羽津村、吉沢村、別名村、八幡村、鵤村の総社とされ、明治6年に郷社、明治39年には神饌幣帛料供進社と定められました。明治40年後各字の神社を合祀することとなり、白須賀の神明社と住吉社、八幡の八幡神社、別名の長谷神社と荒神社、各字の山之神、その他の祭神が合祀されました。昭和6年には県社に定められましたが、昭和21年にて社格制度は廃止されています。四日市市羽津地区を中心に北勢地方を中心に崇敬されている神社です。
気吹戸主神は祓いの神として私たちの生命、生活をお護りになります。イブクとは生命の本質である「いのち」の現象であり、生命の回転・生命のいぶきをその静かな社頭にて神との祈りが一致し自身に感じとることであり、平安と幸福のために、何事も正しく、幸福にお導き下さいます。志氐神社奉賛会は祓祖神である気吹戸主神の御神徳を崇敬し、大神のお導きをいただき、大神に感謝のまことを捧げることにより、日々の弥栄と家族一同の健康を祈念し、各自の運命を切り開き、更に大神の御神徳を発揚すべく敬神・信仰の集いです。明るい家族、よりよい社会を進めていく基とし、どなたでも入会いただけます。
入会をご希望の方は社務所にてお申込み下さい。郵送でも受付いたしますので詳細はお電話にてお問い合わせください。
一、普通会員(年額)一口、1,000円以上
一、賛助会員(年額)一口、3,000円以上
一、特別会員(年額)一口、5,000円以上
一、名誉会員(年額)一口、10,000円以上
奉賛会員になられますと、毎朝の日供にて日々の安全と弥栄を御祈願致します。また、毎年7月に奉賛会大祭が斎行され、奉賛会員一同の心願成就の特別祈祷がされ、お下りが授与されます。